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法事・ご法要・ 仏画・仏事用の掛け軸専門店 香遊オンラインへようこそ! 仏事用の掛け軸専門に約250点の品揃え!

諸法無我とは?

この世の中で、そのもの単独で存在するものはないという真理を

諸法無我という。

すべてのものごとは、そのもの単独で存在しているのではなく無数

の縁によって、縁に支えられて存在しているのである。

人は、一人で生きているのではない。

計り知れないくらいたくさんのご先祖そして父母との縁に結ばれて

今の自分が生かされている。

生活するうえでの必需品、食品なども、それらの背後には、たく

さんの人々とのつながりがあり、ご縁によって生かされている。

この道理を諸法無我という。

人は一人では存在しえないことをつくづく感ずると、唯感謝のみ

が生まれる。

謙虚でなければ無我の道理を腹の底から理解することはできな

いであろうし、感謝の念も生まれてこないであろう。

故松原泰道老師はおっしゃった「仏教は苦労人の宗教である」

と。

苦労して辛酸をなめなければ仏教の奥義は解らないということ

であろう。

てんちょう                  

諸法実相とは?

この世の中のあらゆる事柄、事象には諸々の法が宿っていると
いうことを諸法実相という。
春になれば、花開く桜もその花期は短く、開花から満開をむかえ
るとすぐに散ってしまい、花は葉にということになる。桜に限らず
この世の中の存在はすべて時間とともに移ろいゆく儚いもので
ある。
このことから読み取れるのは諸行無常という法である。
精魂込めて、耕し、肥料を施し、雑草を取り除き、害虫から守り、
丁寧に育てられた野菜は、栄養価に富んだおいしい野菜に育
つ。これは子育てにも同じことがいえよう。
つまり善因があってはじめて善果が得られるということである。
善因善果の法である。
悪いことをすると罰せられるし、努力を怠ると大成することはで
きない。
悪因悪果の法である。
これをまとめて因果応報という。
この世の実相には、必ず因縁果という因果の法が働いている。
四季の移ろい、小鳥のさえずり、川の流れ、大海原…などこれら
自然のはからいすべてに仏のいのちが宿っている。
これを山川草木悉有仏性あるいは、山川草木悉皆成仏という。
この世の中の諸々のことがらをよくよく観察すると、そこには
諸々の法が宿っていることがわかる。
これを諸法実相という。そして実相に具わる法を見抜く眼力のこ
とを妙智力という。
てんちょう 

日蓮上人の大曼荼羅本尊(だいまんだらほんぞん)

日蓮上人の題目と本尊

鎌倉時代に日蓮宗(法華宗)を開いた日蓮上人は、「妙法蓮華経」

の五字にお釈迦さま(釈迦如来)の力のすべてがこもっており、人

の信心をあらわす「南無」をつけた「南無妙法蓮華経」の七字に

よってその力がうけとれるとしました。

それを「妙法五字七字」といいます。

サンスクリット原典からの翻訳もある現在では「妙法蓮華経」は

原語「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ(正法の白蓮の経)」を

漢訳した経典名にすぎないと思われるかもしれません。しかし、

「法華経」に説かれているのは、この宇宙には人の言葉ではあ

らわせない神秘があり、そこに諸仏の力が働いているということ

です。

その確信を日蓮は「南無妙法蓮華経」の七字の題目に込め、題

目を中心に、左右に釈迦如来と多宝如来、さらに「従地涌出品

第十五」に出る地涌の四大菩薩、四隅に四天王、法華経に出る

諸天のほか、日本の天照大神(あまてらすおおみかみ)、八幡

大菩薩、天台大師(智據法伝教大師(最澄)などの法華経相承

の高僧の名が書きこまれています。

「南無妙法蓮華経」の題目はその全体をつつむかのように独特

な髭(ひげ)文字でしたためられているのですが、その真下に

「日蓮」の花押(書き判)をいれ自己が真の仏弟子として曼荼羅

世界にいることを示しています。

いかに悪世であったとしても、日蓮上人の曼荼羅本尊があると

ころに諸仏・諸天善神があつまり、人々を守護するといわれてい

ます。

<参考文献:まんだら絵解き図鑑 大角修 著>

<参考文献:全品現代語訳 法華経 大角修 訳・解説>

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掛け軸 日蓮曼荼羅御本尊 (高細密版画) を詳しく見る。

掛け軸 日蓮曼荼羅 御本尊

掛け軸 妙法蓮華経 大曼荼羅御本尊◆吉野智應 を詳しく見る。

日蓮曼荼羅

禅宗とは?(そのはじまり)

仏教を開いたお釈迦さまに「拈華微笑」(ねんげみしょう)というエピ

ソードがあります。そもそも禅は、このエピソードからはじまったと

中国の書物にあります。

それは、インドの霊鷲山(りょうじゅせん)という山の僧院でのことで

した。

お釈迦さまが一輪の花を拈(つま)んで弟子たちにみせ微笑みまし

た。弟子たちはとまどってだまっていましたがただ一人摩訶迦葉

(まかかしょう)という高弟だけはカラカラと笑いました。

そのときお釈迦さまは「不立文字 教外別伝」(ふりゅうもんじ 

きょうげべつでん)の法を摩訶迦葉に伝えたというのです。

「不立文字 教外別伝」とは、言葉や文字に記された教えとは別

に、師から弟子へ以心伝心で伝わることです。

禅の奥義は文字や言葉で書かれた経典とは別に伝えられてき

ました。

それは、「直指人心 見性成仏」(じきしにんしん けんしょうじょ

うぶつ)自分の心をまっすぐにみつめて、さとりにいたる仏道だと

いうことです。

禅の奥義は言葉によらず、お釈迦さまが花を拈(つま)んで摩訶

迦葉が笑ったとき、以心伝心(心から心へ)で伝えられました。

それが、師資相承(師から弟子へ)の禅のはじまりとされていま

す。

そして、お釈迦さまから28代目の弟子ボーディダルマ(菩提達

磨)という僧がインドから中国にきて禅を伝えたとされています。

それが、達磨大師(だるまだいし)(5〜6世紀)です。

参考文献:新日本の歴史 大角修 著  日本の仏教 大角修 著

禅宗の各宗派(臨済宗、曹洞宗など)の御本尊は釈迦如来(お

釈迦さま)で法要の際、掛ける掛け軸は「南無釈迦牟尼仏」にな

ります。

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掛け軸 釈迦名号 南無釈迦牟尼仏 小笠原秀峰 を詳しく見る。

小笠原秀峰先生の掛け軸は、万人に好まれる書体で書かれており、価格もお値打ちです!

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掛け軸 釈迦名号◆渡辺雅心を詳しく見る。

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阿弥陀如来と四十八願

阿弥陀如来がまだ仏になられる前、阿弥陀様は法蔵菩薩と呼ばれる修行者でした。

法蔵菩薩は、世自在王仏に指導を仰ぎ、あらゆる国の良いところ悪いところをご覧になって、ご自分が如来となった暁には極楽浄土を建立しようと思われました。

五劫という、私たちには計り知れない時間、考えに考えぬかれて四十八の誓願をおたてになられました。

四十八の誓願は、末法に生きる私たち凡夫を救うために法蔵菩薩が誓われたまさに阿弥陀如来の本願です。

四十八の誓願が叶わなかったら「私は如来にはならない」と法蔵菩薩は誓われました。

四十八の誓願のなかの第十八の誓願を「念仏往生の誓願」といいます。

どのような衆生であれ凡夫であれ「南無阿弥陀仏」と十回念仏を唱えればその人の死後、必ず阿弥陀如来は阿弥陀如来の国土である極楽浄土へその人を迎え入れると宣言されたのです。

この第十八の念仏往生の誓願は浄土宗、浄土真宗のかなめであります。

そして、南無阿弥陀仏とお念仏することを称名念仏といいます。

阿弥陀如来の本願を信じ、念仏の日暮らしをしたいものです。

                       「大無量寿経」より
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掛け軸 六字名号 南無阿弥陀仏◆野原華風(肉筆) を詳しく見る。 

掛け軸 六字名号◆野原華風

   25,920円(税込)

  野原華風先生の六字名号は万人に好まれる書体に仕上がっております。
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掛け軸 六字名号◆野原華風

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掛け軸 六字名号 南無阿弥陀仏◆大谷龍峰 を詳しく見る。

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掛け軸 六字名号 大谷龍峰 尺五立

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中村恵如先生の六字名号は、強弱のある力強い筆跡で、人気があります。

掛け軸 六字名号◆中村恵如

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信ずる力

人は信じることによって激流を渡り、

怠ることなく、勤めることによって(迷いの)海を渡る。

努力して苦しみを克服し、

智慧によって(心は)まったく清らかになる。

出典:「スッタニパータ」184

 これは、仏法に帰依して仏道修行を完遂するための心がまえを述べたことばである。

 仏法においては、まず信ずる心を起こさなければならない。そのうえで怠ることなく努力し、修行を積んで、煩悩を克服していくのである。

 こうして克己ということを経験的に学んでいくことにより、智慧がそなわり、自我への執着が超えられる。そして精神はかぎりなく純粋に、透明になっていくのである。

 このような過程の全体をつらぬいているのが、「信」にほかならない。

 強く信ずる心は、人をして激流をもわたらせるという。激流という表現により、仏道修行のきびしさをものがったているが、これは考えてみれば、修行の局面ばかりでなく、人生のさまざまな場面にも当てはめていえるのではないか…。

 ひどい困難に遭遇し、克服するのが不可能と思われるようなことにも強い信念で打ち勝っていく人がある。山のような苦難も、ねばり強く努力を継続していくことで、ひとつひとつ解決されていき、最後にはさしもの大きな山もどっと崩れて、太陽が顔を出す。苦しみは消え、その人は純粋な心をもった新しい人間としてよみがえる。

 ときどきみかけるそんな人を支えているのは、「この苦難はきっと克服できる」という「信」である。信ずることがはじめにあり、それを最後までつらぬいていくことが、新しい生き生きとした人間をつくり出したのだ。

 人間の力の根源は信ずることであり、それを体得していくことはひとつの大きな智慧である。現代人は信ずることより疑うことを多く教えられているが、信ずることの偉大さをあらためて知るべきではないだろうか。

中村 元「仏教のことば 生きる智慧」より

大河の教え

河底の浅い小川の水は

音を立てて流れるが、

大河の水は

音を立てないで静かに流れる。

出典:「スッタニパータ」720

ナーラカという人が釈尊にこうたずねたことがあった。

 「自分は出家して修行を実践しようと思いますが、聖者の境地・最上の境地とはどのようなものでしょうか。」そのとき、釈尊はつぎのように答えたという。

 「(聖者の境地・最上の境地を知るには)深い淵の川水と浅瀬の川水とについて知らなければならない。河底が浅い小川の水は音を立てて流れるが、大河の水は音を立てないで静かに流れる。いまだ欠けて足りないものは音をたて、満ち足りたものはまったく静かで音を立てない。愚者は水を半分しか入れない水瓶のようなものであり(つまり、振れば音をたて)、賢者は水の満ちた湖のようである(静かで音をたてない)。」

 大河が流れるように、湖が深く水を湛えているように、豊かで満ち足りたものほど静かである。そのように、聖者の境地・最上の境地にのぼるほど、穏やかで静か、そしてめだたなくなるのである。

 ブッタは、実に多くのことを、母なるガンジス河から教わった。そして、わたしたちにも河にたとえて教えを説いた。古今東西、河が人びとの実生活に深くかかわってきたのはいうまでもないが、同時に精神生活にも深くかかわってきたことを忘れるべきではあるまい。一瞬もとぎれることなく滔々と流れるその姿は、多くの比喩と象徴を生みつづけ、それがいつの時代にも含蓄ある示唆をわたしたちに与えたのである。

中村 元 「仏教のことば 生きる智慧」より

今日なすべきことを熱心になす

過去を追わざれ、未来を願わざれ。

およそ過ぎ去ったものは、

すでに捨てられたのである。

また、未来はいまだ到達していない。

そして、現在のことがらを動ずることなく

了知した人は、その境地を増大せしめよ。

ただ、今日まさになすべきことを熱心になせ。

出典:「マッジマニカーヤ」

 「諸悪莫作(しょあくまくさ)衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)自浄其意(じじょうごい)是諸仏教(ぜしょぶっきょう)すべて悪しきことをなさず、善きことを行い、みずからの心を清めること、これがもろもろの仏の教えである。」

 在家の仏教徒にとっては特に重要な経典ともいえる「ダンマパダ」にみえることばである。実践に関してはブッダの説いたあらゆる教えは、これに集約されるといわれている。

 善いことをし、悪いことはしない…。

 あたりまえすぎる教えではあるが、これこそが仏、つまり最高の人格完成者になるための大道である、とブッダは説くのである。これからもわかるとおり、仏教は決して何か”神秘的な”教えといったものではない。むしろ、あたりまえのことをあたりまえに行うことが仏教であるといわなければならない。

 ここに選んだことばも、いかに”いま”という瞬間を一生懸命に生きぬくのが大切かということを説いたことばである。こんなことも誰にもわかっていることばである。しかしブッダはここで、それを漠然とわかっているままにするのではなく、明確に意識して、心にも身体にもきざみつけ、向上心をもって一瞬一瞬を生きぬけ、といっているのである。

 わたしたちは、過去の行為や思いによって現在という時間を創り出し、現在の行為や思いによって未来という時間を創り出している。

 しかし、過去になしたことがらにしばられ、くよくよ考え思い煩ったり、みずからの行く末の不安に煩わされ、眼前の一瞬をなおざりにしているのが人の常である。

 今というこの一瞬、今日というこの一日を、ひたすらに、熱意をもって生きること、そんなあたりまえのことを確実にやりとげてゆくのが、仏の生き方である。

中村 元 「仏教のことば 生きる智慧」より

南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)とはどんな意味?

掛け軸 六字名号 南無阿弥陀仏◆野原華風(肉筆) を詳しく見る。 

掛け軸 六字名号◆野原華風

   25,920円(税込)

  野原華風先生の六字名号は万人に好まれる書体に仕上がっております。
  また価格もお値打ちです!

  掛け軸 六字名号・南無阿弥陀仏一覧はこちら!

掛け軸 六字名号◆野原華風

南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)とはどんな意味?

南無(なむ)とは帰依(きえ)する、おまかせするという意味です。

南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)とは、阿弥陀(あみだ)という仏に帰依(きえ)する、おまかせするという意味です。

阿弥陀仏(あみだぶつ)の阿弥陀(あみだ)とは、アミターバの音写で「永遠の命をもつ」ということです。

南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)には、永遠の命をもつ阿弥陀仏(あみだぶつ)という仏さまに帰依(きえ)する、おまかせするという意味があります。

南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)と称えることには阿弥陀(あみだ)さまからの呼びかけが含まれています。

ちょっと難しいですが、称名念仏(しょうみょうねんぶつ)といい「なむあみだぶつ」と称えることによって極楽へ往生できるとされています。

「なむあみだぶつ」と称える者を極楽へ必ず迎えいれるという誓い、これを念仏往生(ねんぶつおうじょう)の誓願(せいがん)といいますが、阿弥陀(あみだ)さまを信じ、念仏を称える者を極楽に往生させなかったら「私は仏にはならない」という誓いを阿弥陀(あみだ)さまはおたてになったのです。

とってもありがたいお話ですね。

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南無阿弥陀仏の掛け軸は、法要の際に掛けられます。

そして、浄土真宗、浄土宗の宗派のご家庭では一般的に南無阿弥陀仏の掛け軸が掛けられます。

掛け軸 六字名号 南無阿弥陀仏◆大谷龍峰 を詳しく見る。

大谷龍峰先生の六字名号は最もオーソドックスと言えるでしょう。当店おすすめNO1です!

掛け軸 六字名号 大谷龍峰 尺五立

   47,600円

掛け軸 六字名号 南無阿弥陀仏◆小笠原秀峰 を詳しく見る。 

小笠原秀峰先生の六字名号は万人に好まれる書体に仕上がっております。また価格もお値打ちです!

掛け軸 六字名号◆小笠原秀峰

   31,100円

掛け軸 六字名号 南無阿弥陀仏◆安田竹葉 を詳しく見る。

安田竹葉先生の六字名号はすばらしい作品です。表装もこれまたすばらしい!

掛け軸 六字名号 安田竹葉

  66,400円

掛け軸 阿弥陀三尊仏◆岩本寿官 を詳しく見る。

阿弥陀様、観音様、勢至菩薩の阿弥陀三尊仏です!

掛け軸 阿弥陀三尊像 岩本寿官

掛け軸 阿弥陀如来立像◆篠田清澄 を詳しく見る。

阿弥陀様のお立ちになったお姿です!

掛け軸 阿弥陀如来立像 篠田清澄

五劫という時間

阿弥陀さまが、ほとけさまになられる前のことです。まだ法蔵菩薩という修行者でした。

法蔵菩薩は、世自在王仏というほとけさまに指導を仰ぎ、自分が「ほとけ」になったとき、その国である極楽浄土をどのような国にするか思案に思案をかさねられました。

そして、五劫という長い時間をかけて四十八の誓願をおたてになりました。一劫という時間の長さは、4km四方の岩に四年に一度天女が舞い降りて、羽衣でその大岩をこすり、それを繰り返して、大岩が摩滅してしまうまでの長さだそうです。とんでもなく長い時間ですね。

五劫という果てしなく長い時間をかけて考えに考えぬかれた四十八の誓願に阿弥陀さまの不可思議な智慧が凝縮されています。

そして、その誓いは私たち凡夫のためのものであると言えるのです。

掛け軸 六字名号 南無阿弥陀仏 大谷龍峰を詳しく見る。

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掛け軸 六字名号 大谷龍峰 尺五立

掛け軸 六字名号 南無阿弥陀仏 安田竹葉を詳しく見る。

安田竹葉先生の六字名号はすばらしい作品です。表装もこれまたすばらしい!

掛け軸 六字名号 安田竹葉

仏事の掛軸の意味

お釈迦様が説かれた仏教は、三千年近い年月を超えて脈々と伝わり、今に至っております。形は様々に変化いたしましたが、お釈迦様の説かれた法は、今も変わっていないはずです。

法の根本が各宗派に伝わって、それぞれの形になり、その法脈は脈々と今に伝えられています。

〜形式の大切さ〜

「形から入る」と申しますが、形式を整えると不思議と精神もそれにともなって形成されることが多いものです。

仏事の際に床の間にふさわしい掛軸をかけるということにより、ご先祖様を敬うという精神もそこに形としてあらわれるものです。

仏事の掛軸をお勧めするゆえんです。

掛け軸 六字名号 南無阿弥陀仏◆大谷龍峰 を詳しく見る。

大谷龍峰先生の六字名号は最もオーソドックスと言えるでしょう。当店おすすめNO1です!

掛け軸 六字名号 大谷龍峰 尺五立

掛け軸 不動明王 赤不動◆古田瑞洸 を詳しく見る。

憤怒の形相、タッチの緻密さともにおすすめの不動明王です!

掛け軸 不動明王・赤不動 古田瑞洸 

掛け軸 雲上観音◆吉田真秋 を詳しく見る。

観音様の慈愛にあふれたやさしい表情は一級品です!

掛け軸 雲上観音 吉田真秋 

南無釈迦牟尼仏とはどんな意味?

掛け軸 釈迦名号 南無釈迦牟尼仏 小笠原秀峰 を詳しく見る。

小笠原秀峰先生の掛け軸は、万人に好まれる書体で書かれており、価格もお値打ちです!

掛け軸 釈迦名号◆小笠原秀峰

   33,800円

掛け軸 釈迦名号・南無釈迦牟尼仏一覧はこちら!

南無釈迦牟尼仏とはどんな意味?

南無とは帰依する、おまかせするという意味です。

釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)とはお釈迦さまのことです。

南無釈迦牟尼仏とはお釈迦さまに帰依する、おまかせするという意味です。

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南無釈迦牟尼仏の掛け軸は、法要の際床の間に掛けられます。

そして、禅宗の宗派のご家庭では一般的に南無釈迦牟尼仏の掛け軸が掛けられます。

掛け軸 釈迦名号 南無釈迦牟尼仏 小笠原秀峰 を詳しく見る。

小笠原秀峰先生の掛け軸は、万人に好まれる書体で書かれており、価格もお値打ちです!

掛け軸 釈迦名号◆小笠原秀峰

   33,800円

掛け軸 釈迦名号 南無釈迦牟尼仏 井上静観 を詳しく見る。

井上静観先生の掛け軸は、書体もさることながら、表装の質の高さはおすすめです!

掛け軸 釈迦名号◆井上静観

   41,900円

掛け軸 釈迦名号 南無釈迦牟尼仏 南陽山金龍寺 稲葉春邦を詳しく見る。

稲葉春邦先生はお坊さんです。お坊さんの書かれた掛け軸をお探しの方は必見です!

掛け軸 釈迦名号 稲葉春邦

   86,100円

掛け軸 釈迦名号◆渡辺雅心を詳しく見る。

たいへんバランスのとれた掛け軸です!

掛け軸 釈迦名号 渡辺雅心

   43,740円

南無大師遍照金剛とはどんな意味?

掛け軸 御宝号 南無大師遍照金剛◆渡辺雅心 を詳しく見る。

万人向きの書体に仕上がっております。価格もお値打ちです!

掛け軸 御宝号 渡辺雅心

   43,740円

掛け軸 御宝号・南無大師遍照金剛一覧はこちら!

南無大師遍照金剛とはどんな意味?

南無とは帰依する、おまかせするという意味です。

大師遍照金剛(だいしへんじょうこんごう)とは、弘法大師 空海のことです。

南無大師遍照金剛とは、弘法大師 空海に帰依する、おまかせするという意味です。

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南無大師遍照金剛の掛け軸は、法要の際床の間に掛けられます。

そして、真言宗の宗派のご家庭では、一般的に南無大師遍照金剛の掛け軸が掛けられます。

掛け軸 御宝号 南無大師遍照金剛◆無落款 を詳しく見る。

こちらの掛け軸は、万人に好まれる書体で書かれており、表装も丹念に仕上がっておりますのでおすすめです!

掛け軸 御宝号 無落款

   41,900円

掛け軸 御宝号 南無大師遍照金剛◆渡辺雅心 を詳しく見る。

万人向きの書体に仕上がっております。価格もお値打ちです!

掛け軸 御宝号 渡辺雅心

   43,740円

掛け軸 御宝号 南無大師遍照金剛◆高僧 を詳しく見る。

書体も立派ですし、表装も丹念に仕上げられており、立派です!

掛け軸 南無大師遍照金剛 高僧

   86,100円

南無妙法蓮華経とはどんな意味?

掛け軸 妙法蓮華経 大曼荼羅御本尊◆吉野智應 を詳しく見る。

吉野智應先生は、日蓮曼荼羅の一千体の書写行を達成されました。すばらしい掛け軸です!

掛け軸 妙法蓮華経 大曼荼羅御本尊 吉野智應

   139,900円

掛け軸 日蓮名号・南無妙法蓮華経一覧はこちら!

南無妙法蓮華経とはどんな意味?

南無とは、帰依する おまかせするという意味です。

妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)とは、いわゆる法華経(ほっけきょう)のことです。

法華経はお釈迦さまが一番伝えたかったお経だとされています。

南無妙法蓮華経とは、お釈迦さまがお説きになった法華経というお経に帰依する、おまかせするという意味です。

妙法蓮華経の妙法とは、真理のことです。蓮華は蓮の花のことです。

妙法蓮華経とは、つまり蓮の花のような真理を説いたお経なのですね。

蓮の花のような真理とは、蓮は泥の中から清い花を咲かせますが、濁りに満ちたこの娑婆にあって、清らかな蓮の花ような存在になっていくということに他なりません。

そのような真理が法華経には説かれているんですね。

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南無妙法蓮華経と日蓮曼荼羅の掛け軸は、法要の際に床の間に掛けられます。

そして、日蓮宗の宗派のご家庭では、一般的に南無妙法蓮華経の掛け軸と日蓮曼荼羅の掛け軸が掛けられます。

掛け軸 妙法蓮華経 大曼荼羅御本尊◆吉野智應 を詳しく見る。

吉野智應先生は、日蓮曼荼羅の一千体の書写行を達成されました。すばらしい掛け軸です!

掛け軸 妙法蓮華経 大曼荼羅御本尊 吉野智應

   139,900円

掛け軸 日蓮名号 南無妙法蓮華経◆無落款 を詳しく見る。

日蓮名号の掛け軸です。価格もお値打ちです!

掛け軸 日蓮名号 無落款

   41,900円

十三仏とはどんな意味?

掛け軸 十三仏◆寺山有慶 を詳しく見る。

当店売れ筋ナンバーワンの十三仏です!

掛け軸 十三仏◆寺山有慶

   39,200円

掛け軸 十三仏 一覧はこちら!

十三佛の意味

人が亡くなると、49日間を中陰といいますが、この間七日ごとに法要を営みます。

49日で満中陰を迎え、忌明けとなります。

亡くなって49日目には閻魔様の審判がくだる日とされています。

その後、百か日、一周忌、三回忌・・・と法要が営まれます。

それぞれの法要を守護する本尊として、それぞれの仏、菩薩、明王がいらっしゃいます。

総称して十三佛といいます。

・不動明王ー初七日
・釈迦如来ー二・七日
・文殊菩薩ー三・七日
・普賢菩薩ー四・七日
・地蔵菩薩ー五・七日
・弥勒菩薩ー六・七日
・薬師如来ー七・七日
・観世音菩薩ー百か日
・勢至菩薩−一周忌
・阿弥陀如来ー三回忌
・阿閻如来ー七回忌
・大日如来ー十三回忌
・虚空蔵菩薩ー三十三回忌

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十三仏の掛け軸は、法要の際床の間に掛けられます。

掛け軸 十三仏◆岩本寿官 を詳しく見る。

当店が自信をもっておすすめする十三仏です!

掛け軸 十三仏 岩本寿官

   123,600円

掛け軸 十三仏◆寺山有慶 を詳しく見る。

当店売れ筋ナンバーワンの十三仏です!

掛け軸 十三仏◆寺山有慶

   39,200円

掛け軸 十三仏◆山越春紀 を詳しく見る。

繊細なタッチで細かく描かれており、宗教的雰囲気を醸し出します!

掛け軸 十三仏 山越春紀

   185,000円

掛け軸 真言十三仏◆篠田清澄 を詳しく見る。

中心に弘法さまが描かれており、真言宗のご家庭用です!

掛け軸 真言十三仏 篠田清澄

   139,900円

一期一会とはどんな意味?

一期一会(いちごいちえ)という言葉は、「山上宗二記」に萌芽がみられ、井伊直弼が力説した言葉ですが、もっと古くに成立していた言葉であろうと思われます。

一期(いちご)は一生、一会(いちえ)は唯一の出会いという意味です。

一期一会とは「一生でたった一度の出会い」という意味です。

茶席で、たとえ幾度同じ人が会するとしても、今日の茶会はただ一度限りの茶会であると、主客ともに全身全霊を傾けて取り組む心を示します。

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「一期一会」が書かれた作品をご紹介します。

掛け軸 一期一会  小林太玄

掛け軸 一期一会◆小林太玄

仏教の各宗派

わが国の仏教は、十三宗百余派に分かれています。そのうちの主な宗派、宗旨、本山は次の通りです。

「天台宗」

開祖 伝教大師最澄(でんぎょうだいし さいちょう)

総本山 比叡山 延暦寺(ひえいざん えんりゃくじ)

寺院 3204  教会 249

教義…法華一乗(ほっけいちじょう)の教えを根本とし、天台法華円経、天台密教、達磨の法門、大乗菩薩戒をあわせ、四宗綜合、三学一元、自行化他の菩薩道を実践する。

「真言宗」

開祖 弘法大師空海(こうぼうだいし くうかい)

総本山 高野山金剛峰寺(こうやさん こんごうぶじ)

寺院 3417  教会 507

教義…大日如来中にある「入真言門」、金剛経中にある「真言陀羅尼(だらに)宗」より採ったものが宗旨で、宗祖弘法大師立教開祖の誓願にのっとり、真言密教の奥儀を伝え、竜華三会(りゅうげさんえ)の暁を期し、即身成仏済世利人のまっすぐな道を明らかに示す。

「曹洞宗」

本尊 釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)

本山 福井県 永平寺(道元禅師)

    鶴見 総持寺(螢山禅師)

経典…修証義、般若心経、観音経、観音経寿量品等の大乗諸経典を読誦する。

寺院 14696

教義…私たちは仏の子である。しかし、日々仏の御心にそわない生活をくりかえしているので、反省し懺悔して仏の子であるという確信に目覚めよう。この時初めて帰依(きえ)の心が強まり毎日の生活が自ら正しく、明るい生きがいが感ぜられて、世間の役に立つことを喜ぶようになる。ここに端坐合掌(たんざがっしょう)して感謝報恩の生活を営み、どんな苦難にも負けない真に安心立命の日おくりができる。

「臨済宗妙心寺派」

開祖 栄西(えいさい)

派祖 無相大師慧玄(むそうだいしえげん)

本山 京都妙心寺

寺院 3435  教会 7

教義…自信仏であることを固く信じて坐禅にはげみ、本当の自分にめざめ、どんな苦難にもくじけず、常に脚下(あしもと)を照顧(みつ)めてくらしを正し、生かされている自分に感謝しつつ、世のため人のために尽くす。

「浄土宗」

開祖 法然上人源空(ほうねんしょうにんげんくう)

総本山 京都知恩院

寺院 6881  教会 104  布教所 105

教義…阿弥陀仏のお誓いを信じて、その御名を称えることによって、どんな罪も苦しみも消え、明るいやすらかな毎日を送ることができて、浄土に生れることができることを教えている。

「真宗大谷派」(東本願寺派)

本願寺第十一世顕如の滅後、その子教如、准如があい分かれ、教如は真宗大谷派(東本願寺)の第十二世の法燈を、准如は浄土真宗本願寺派(西本願寺)の法燈を継いだため、慶長年間に東西両派の成立をみた。

宗祖 見真大師親鸞(けんしんだいししんらん)

本山 京都東本願寺

寺院 9379  教会 407

教義…宗祖見真大師親鸞が、浄土の教えを明らかにし、累代の師主がこれを伝える。

「浄土真宗本願寺派」(西本願寺派)

親鸞の滅後、東山大谷にある墳墓のほとりに仏閣を建てて親鸞の影像を安置した。これが本願寺の起源である。

第十一代顕如の滅後、三男准如が本願寺の第十二代を継いだが、長男教如は別に真宗大谷派(東本願寺派)創建したので、本願寺は東、西の二派にわかれた。

開祖 親鸞聖人

本尊 阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)

本山 京都本願寺

教義…南無阿弥陀仏のみ教えを信じ、必ず仏にならせていただく身のしあわせを喜び、常に報恩の思いから世のため人のために生きる。

寺院 10460  教会 14

「黄檗宗」

明の禅僧真空大師隠元が承応3年(1654)来朝して開いた宗派で、万福寺を大本山とする。

本山 万福寺

寺院 478

「華厳宗」

唐の賢首大師法蔵によって大成され、奈良時代に新羅の僧審祥によってわが国に伝えられ、天平12年(740)良弁が東大寺の法華堂で華厳経を講説して以来、東大寺を中心に栄えた奈良仏教の一派である。

宗祖 良弁僧正

総本山 東大寺

寺院 48  教会 28

「日蓮宗」

開祖 立正大師日蓮

総本山 身延山久遠寺

宗旨…法華経の教えを実行しあらゆる思想を明らかにして、すぐれた仏法のもとに帰して、即身成仏(そくしんじょうぶつ)、仏国土顕現(ぶっこくどけんげん)を理想とする。

寺院教会 4863  結社 238

「融通念仏宗」

本尊 十一尊天得如来

総本山 平野大念仏寺

宗旨の大要…一人と多人数、多人数と一人との念仏の功徳が、互いに融通しあい、また我一人の善行と万人の善行とが、互いに融通して絶大な力となることを教える。誠に広大な、そして円満な念仏の宗旨である。

寺院 362

「法相宗」

唐の慈恩大師窺基が大成した宗派で道昭がこれを伝えて以来、元興寺、興福寺を中心にひろまったものである。薬師寺(奈良)興福寺(奈良)を大本山とし、清水寺(京都)を中本山としている。

寺院 37  教会 57

「律宗」

唐の僧、過海大師鑑真が、聖武天皇の天平勝宝6年(754)に来朝し、唐招提寺を開創して根本道場と定めたのに起因する戒法中心の宗派。

宗祖 鑑真

総本山 唐招提寺

寺院 24  教会 13

掛け軸 六字名号 北嶺大行満 酒井雄哉大阿闍梨をチェック!

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西国三十三ヶ所巡拝案内



(菊)第一番 那智山 青岸渡寺

紀勢本線那智駅下車、バス片道約40分、終点那智山駅下車。   寺務所

和歌山県東牟妻郡那智勝浦町字那智山8
電話 07355−5−0404


(菊)第二番 紀三井山 金剛宝寺

紀勢本線紀三井寺下車。

和歌山市紀三井寺町1201
電話 0734−44−1002


(菊)第三番 風猛山 粉河寺

紀和線粉河駅下車。

和歌山県那智郡粉河町2287
電話 07367−3−3255


第四番 槇尾山 施福寺

南海電鉄泉大津駅。同高野線河内長野駅。近鉄河内長野駅。阪和線和泉府中駅。何れもバスあり。

大阪市和泉市槇尾山町136
電話 0725−92−2332


第五番 紫雲山 葛井寺

近鉄南大阪線藤井寺駅下車。

大阪府藤井寺市藤井寺1−16−21
電話 0729−39−5705


第六番 壺坂山 南法華寺

奈良県高市郡高取町壺坂3
電話 074452−2016


第七番 東光山 龍蓋寺

奈良県高市郡明日香村岡806
電話 074454−2007


第八番 豊山 長谷寺

奈良県桜井市初瀬町731の1
電話 07444−7−7001


第九番 興福寺 南円堂

奈良県奈良市登火路町48
電話 0742−24−4920


第十番 明星山 三室戸寺

京都府宇治市兎道滋賀谷21
電話 0774−21−2067


第十一番 深雪山 上醍醐寺

京都市伏見区醍醐町醍醐山1
電話 075−571−0029


第十二番 岩間山 正法寺

滋賀県大津市石山内畑町82
電話 0775−34−2412


第十三番 石光山 石山寺

滋賀県大津市石山町1−1−1
電話 0775−37−0013
           −2001


第十四番 長等山 三井寺

滋賀県大津市園城寺町246
電話 0775−24−2416


第十五番 新那智山 観音寺

京都市東山区泉涌寺山内町32
電話 075−561−5511


第十六番 音羽山 清水寺

京都市東山区清水1の294
電話 075−551−1234


第十七番 補陀洛山 六波羅蜜寺

京都市東山区松原通大和大路東入二丁目
電話 075−561−6980


第十八番 頂法寺 六角堂

京都市中京区六角通東洞院西入ル堂の前町248
電話 075−221−2838
           −6950


第十九番 行願寺 革堂

京都市中京区栄町通り竹屋町下ル行願寺門前町18
電話 075−211−2770


第二十番 西山 善峰寺

京都市西京区大原野小塩町1372
電話 075−331−0020


第二十一番 菩提山 穴太寺

京都府亀岡市曽我部町穴太東ノ辻46
電話 07712−2−0605


第二十二番 補陀洛山 総持寺

大阪府茨木市総持寺町1−6−1
電話 0726−22−3209


第二十三番 応頂山 勝尾寺

大阪府箕面市栗生間谷2885
電話 0727−21−7010


第二十四番 紫雲山 中山寺

兵庫県宝塚市中山寺2−11−1
電話 0797−86−6517


第二十五番 御獄山 清水寺

兵庫県加東郡社町平木1−1−94
電話 07954−5−0025


第二十六番 法華山 一乗寺

兵庫県加西市坂本町821−17
電話 07904−8−2006


第二十七番 書写山 円教寺

兵庫県姫路市書写2968
電話 0792−66−3327


第二十八番 成相山 成相寺

京都府宮津市成相寺339
電話 07722−7−0018


第二十九番 青葉山 松尾寺

京都府舞鶴市松尾532
電話 0773−62−2900


第三十番 竹生島 宝厳寺

滋賀県東浅井郡びわ町字早崎1666
電話 07496−3−4410


第三十一番 長命寺

滋賀県近江八幡市長命寺町157
電話 07483−2−3669


第三十二番 観音正寺

滋賀県蒲生郡安土町大字石寺2
電話 074846−2549


第三十三番 谷汲山 華厳寺

岐阜県揖斐郡谷汲村徳積23
電話 058555−2033


菊番 東光山 花山院

兵庫県三田市尼寺352
電話 07956−6−0125


番外 四天王寺

大阪市天王寺区元町17
電話 06−771−0066


番外 高野山 金剛峰寺

和歌山県高野町
電話 07365−6−2011


番外 善光寺

長野市元善町
電話 0262−34−3591


番外 華頂山 元慶寺

京都市東山区山科北花山河原町13
電話 075−581−0183

又は豊山 法起院

奈良県桜井市初瀬町776
電話 07444−7−8032

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法然上人二十五霊場 巡拝案内

第一番 誕生寺

〒709−3602
岡山県久米郡久米南町誕生寺808
電話 0867−28−2102 FAX 0867−28−2162


第二番 法然寺

〒761−8078
香川県高松市佛生山町甲3215
電話 087−889−0406 FAX 087−889−0688


第三番 十輪寺

〒676−0051
兵庫県高砂市高砂町横町1074
電話 0794−42−0242 FAX 0794−42−7400


第四番 如来院

〒660−0867
兵庫県尼崎市寺町11
電話 06−6411−3794 FAX 06−6411−5909


第五番 勝尾寺 二階堂

〒562−8508
大阪府箕面市勝尾寺
電話 072−721−7010 FAX 072−722−6665


第六番 四天王寺 念仏堂

〒543−0051
大阪市天王寺区四天王寺1−11−18
電話 06−6771−0066 FAX 06−6773−4921


第七番 一心堂

〒543−0062
大阪市天王寺区逢阪2丁目8−69
電話 06−6771−0444 FAX 06−6771−2578


第八番 報恩講寺

〒640−0101
和歌山市大川117
電話 0734−59−0185 FAX 0734−59−0185


第九番 當麻寺 奥の院

〒639−0276
奈良県葛城市當麻1263
電話 0745−48−2008 FAX 0745−48−6668


第十番 法然寺

〒634−0022
奈良県橿原市南浦町908
電話 0744−22−3767


第十一番 東大寺 指図堂

〒630−8211
奈良市雑司町大仏殿西隣
電話 0742−22−5511


第十二番 欣浄寺

〒516−0071
伊勢市一之木2丁目6−7
電話 0596−28−2780 FAX 0596−22−6962


第十三番 清水寺 阿弥陀堂

〒605−0862
京都市東山区清水1丁目 清水寺
電話 075−551−1234 FAX 075−551−1287


第十四番 正林寺

〒605−0927
京都市東山区渋谷通東大路東入3丁目上馬町
電話 075−541−8388 FAX 075−541−8387


第十五番 源空寺

〒612−8052
京都市伏見区瀬戸物町745
電話 075−601−2937 FAX 075−601−2937


第十六番 光明寺

〒617−0811
京都府長岡京市粟生西条ノ内26−1
電話 075−955−0002 FAX 075−956−0144


第十七番 二尊院

〒616−8425
京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町
電話 075−861−0687


第十八番 月輪寺

〒616−8456
京都市右京区嵯峨清滝月ノ輪町7
電話 075−871−1376


第十九番 法然寺

〒616−8375
京都市右京区嵯峨天竜寺立石町1
電話 075−881−5909 FAX 075−882−0341


第二十番 誓願寺

〒604−8035
京都市中京区新京極桜之町453
電話 075−221−0958 FAX 075−221−2019


第二十一番 勝林寺

〒601−1241
京都市左京区大原勝林院町  三年交代当番
実光院 電話 075−744−2537 FAX 075−744−2793
宝泉院 電話 075−744−2409 FAX 075−744−2912


第二十二番 大本山百萬遍 知恩寺

〒606−8225
京都市左京区田中門前町103
電話 075−781−9171 FAX 075−781−0157


第二十三番 大本山 清浄華院

〒602−0852
京都市上京区寺町通広小路上る北之辺町395
電話 075−231−2550 FAX 075−212−7211


第二十四番 大本山 黒谷金戒光明寺

〒606−8331
京都市左京区黒谷町121
電話 075−771−2204 FAX 075−771−0836


第二十五番 総本山 知恩院

〒605−0062
京都市東山区林下町400
電話 075−531−2111 FAX 075−531−0099


縁故本山 永観堂 禅林寺

〒606−8445
京都市左京区永観堂町48
電話 075−761−0007 FAX 075−771−4243


比叡山黒谷 青龍寺

〒520−0116
大津市坂本4220
電話 075−722−1300 留守の時075−531−2111(知恩院)へ

法然上人二十五霊場集印マクリをチェック!

集印法然上人二十五霊場 立像

四国八十八ヶ所巡拝の旅

総行程約1,400Km。

昔は世捨ての旅として知られた四国八十八ヶ所巡拝の旅。

最近では、ただ信仰心の為だけではなく、健康のため、ストレス解消のため、これからの生き様を求めるため等々…… 人生に潤いを求めて巡拝に奮起される方が増えています。

今から約1,200年前、弘法大師(空海)が42歳のときに人々の災難を除くために開いた霊場が四国霊場です。

後に高弟が遍歴したのが霊場巡拝の始まりと伝えられています。

人間には煩悩が108あり、霊場を八十八ヶ所巡ることによって煩悩が消え、願いがかなうと言われてます。

阿波で脚を固め(発心の道場 1〜23番)、土佐で心落ち着け(修行の道場 24〜39番)、伊予で信に入って(菩提の道場 40〜65番)、讃岐で諸願成就する(涅槃の道場 66〜88番)、そして最後に、高野山奥の院参拝で大願成就すると言われてます。

光に満ちた四国の大自然の中、お大師様(弘法大師)と共に心と身と体をみがき、108の煩悩を一つ一つ取り除き、大自然の中で生かされている喜びにひたると共に、自分自身を見つめ直す修行の旅が四国八十八ヶ所巡拝の旅です。

四国の地元の人々の厚い人情は巡拝者の心を癒し、素直な気持ちにさせてくれます。

俗塵を離れ、人々の厚い心遣いに感謝し、生きる喜びを見出すため、自分探しの旅に出てみませんか。
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四国八十八箇所集印掛け軸は、四国八十八箇所の御朱印を集めた作品です。
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四国八十八箇所の霊場の御朱印が集められ、すばらしい表具に仕上がっています!
四国八十八ヶ所霊場御印譜軸 集印四国完成軸
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四国八十八箇所集印マクリは、これからお遍路される方が御朱印を集めるためのものです!
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浄土宗開祖 法然上人

浄土宗開祖 法然上人

法然上人が、浄土宗を開くと、多くの迫害を受けます。

そしてついに法然上人は、土佐(高知県)へ流罪になります。

(実際には事前に減刑されて、讃岐<香川県>に流罪)

ときに法然上人は、75歳の高齢です。

歎き悲しんで群集する信者たちを慰めて法然上人は申します。

「このたびは、思いもよらぬことで年来の本意が達せられます。

それは都から遠く離れた僻地の人びとに教えが説けるということで、

このうえない朝恩(朝廷・天皇の恩)と存じます。

歎かなくてよろしい…」と。

これは皮肉ではありません。

法然上人は、こうした悲劇は思想界の先覚者である限り、いつの時代でも遭わねばならぬことを知っていたのです。

またどのような逆境におかれても、逆境の持つ意味を見つめ、逆境を好ましい価値に転換するという仏の願いに目覚めていたからこそこのようにおっしゃたのです。

それは、どの経典にも流れる「釈尊」の思想です。

諸法実相の「諸法」は大乗仏教の大切な思想で、このさとりの境地はだれにもわかるものではありません。

「五千起去」のあと釈尊は座が静まるのを待って「さあ、話そう」と言葉柔らかに「自分をはじめ多くの仏たちがこの世に出られた最も大事な理由は、諸法実相を人びとに知らせ、その真理の内容を開き(開)、示し(示)、さとらせ(悟)

仏道に入らしめる(入)ためである」旨を明らかに示されるのです。

浄土教では極楽に往って生まれ(往生)て成仏するので、この世で成仏することはありません。

この世で成仏はできないが、しかしこの世で救われるのです。

この世にあって極楽に往って必ず生れることができるという信が救いなのです。

法然上人が八十歳で亡くなる臨終の床で、浄土往生の要義を一枚の紙に認めたのが有名な「一枚起請文」で字数わずか273文字。

現代の四百字詰め原稿用紙の半ページ少々に収まる短文ですが、

法然上人の説く浄土思想の真髄(エキス)です。

さらに真髄の中の真髄は、

「ただ往生極楽のためには 南無阿弥陀仏と申して うたがいなく 往生するぞとおもひとりて 申すほかには 別の仔細候わず」の57文字に尽きます。

「極楽往生のためには、ただ口に(南無阿弥陀仏)とみ名を称えるなら、疑いなく極楽往生ができるのだと信じさせていただいて、念仏申す以外、他に何もない」という一文に浄土思想の真髄があります。

浄土教にあって阿弥陀仏(如来)の名を称える称名の教えを開いたのは、中国の善導で、日本の法然上人も親鸞聖人もその系譜にあります。

浄土教にあっては「阿弥陀仏」の仏名に釈尊の教えのすべてが摂取されるのです。

最後に八木重吉(1898〜1927)の詩と法句経のなかの一節をご紹介いたします。

花は

なぜ美しいか

ひとすじの気持ちで

咲いているからだ

          八木重吉

まこと怨みごころは

いかなるすべをもつとも

怨みを懐くその日まで

ひとの世にはやみがたし

うらみなさによりてのみ

うらみはついに消ゆるべし

こは かわらざる真理なり

             法句経

怨みをいだく人々の中に

たのしく 怨みなく住まんかな

怨みごころの人々の中に

つゆ 怨みなく住まんかな

             法句経

浄土真宗開祖 親鸞聖人

親鸞聖人のお書きになった「正信偈」には、浄土真宗の教義の中心になるものが述べてあります。

また、親鸞聖人の信心が明らかにされています。

「正信偈」は、親鸞聖人のお書きになった「教行信証」の行巻の終わりにある偈文(仏の徳をほめたたえる詩句)を取り出したものです。

正確には「正信念仏偈」といいます。

正信念仏の念仏とは、まことの信心より自然に流れ出てくる仏恩報謝の称名のことであります。

親鸞聖人が「正信偈」を書かれた理由

釈尊の説かれた真実の教えに帰依し、インドの天親菩薩・竜樹菩薩 中国の曇鸞大師・道綽禅師・善導大師 日本の源信和尚・源空上人の七祖の説かれた論釈を見せていただくことにより、仏恩の深いことを知られて、その仏恩に報ぜんがため、仏徳を讃嘆して「正信偈」をお書きになりました。

「正信偈」の冒頭、帰命無量寿如来 南無不可思議光の二句は、親鸞聖人の信心を顕されて、以って他力の信心の教えが正信偈全体に脈々として流れ生きていることを示されました。

帰命無量寿如来は、親鸞聖人の浄土真宗の宣言・宣誓であります。

親鸞聖人の阿弥陀如来に対する信心の証なのであります。

阿弥陀如来とは、永遠なる寿命をお持ちの仏様です。

現世(娑婆)で苦しむ私たちを必ず救うという阿弥陀如来の大慈悲に、心の底から帰依する、そして愚かな我々の生き様を正面から見据え、その上で阿弥陀如来におまかせする、すべてを阿弥陀如来への信心にまかせてしまう。

そこから、本物の称名念仏が生れるといえましょう。

第十八 念仏往生の誓願

法蔵菩薩のことについて「無量寿経」に次のように詳しく説いてあります。

即ち数えることの出来ない無限に近い昔に錠光如来という仏があらわれました。

その後に五十三の仏が次から次へとあらわれになり、次に世自在王仏が世に出られました。

この時、国王であられた法蔵菩薩は、国と王の位を捨てて出家されました。

そして、世自在王仏のところにおいて仏道を求め、以って衆生を救済したいと願いを述べられたのであります。

この願いに対して世自在王仏は、二百十一億の諸仏の国土と人夫が勝れているか劣っているかを説かれて、その相を見せてくださったのであります。

法蔵菩薩はその相を見られて、非常に勝れた願いをおこされました。

そして五劫という人間が思いはかることのできないような長い時間思いをめぐらされたのであります。

その結果、勝れた諸仏の国土と修業の勝れた点を選びとられました。

それが四十八通りの願であります。

その中で中心となるのが「すべての衆生を救う」と誓われた第十八の願であります。

法蔵菩薩がお建てになった第十八の念仏往生の誓願は、これほど尊い誓願は他にありません。

とにかく一切衆生が阿弥陀如来を本当に信じて「南無阿弥陀仏」と称えるなら阿弥陀様の仏国土である極楽浄土へ「必ず往生させます」とおっしゃっているのであります。

しかし悲しいかな末世を生きる我々には阿弥陀様の声が聞こえないのであります。

信じられないのであります。

末世を生きる我々現代人にとって阿弥陀如来の第十八願である念仏往生の誓願を信じ、念仏の生活を送るということは非常に難しくなってきています。

世間がそのような風潮なのであります。

浅い流行に右に行ったり左に行ったりと振り回されているのであります。

しかしそんな現代であるからこそ阿弥陀如来の誓願を聞き、本願を信じ、念仏の生活を送ることの価値は計り知れないとおもいます。

しかし、親鸞聖人のおっしゃるように末世を生きる我々現代人には本願を信じ念仏の生活を送ることは至難中の至難であるのかもしれません。

それだけ世の中が濁っているのであります。

この濁りを清浄に浄化することこそ仏教の目的であり、仏教の本来の面目なのであります。

伝教大師 最澄

伝教大師 最澄(でんぎょうだいし さいちょう)

最澄は、短期間に天台宗の宗旨(根本の教え)を深めましたが、その宗旨を略記すると次のようになります。

中国の天台宗の祖、天台大師 智據覆舛)は、彼の開発した学説に基づき「法華経」だけが円教(完全・究極の教え)を説くとします。

その理由は、釈尊は

『悉有仏性(しつうぶっしょう)とも悉皆成仏(しっかいじょうぶつ)ともいって、すべて存在するものはそのままに仏のいのちを持っているという真理を悟られました。

したがってすべての人間は肉身のままに成仏できるという即身成仏の思想に推進展開されます。

即身成仏の思想をどの経典よりも「法華経」が完全に説くから「法華経」こそ円教である。』とするのです。

智擇ら即身成仏の教義を受け継いだ最澄は日本に帰ってからこの教義を次のように信仰心にまで深めます。

『「法華経」のすぐれた力ですべての人が現在の肉身のままで、ただちに真理に目覚めた人間(仏)になれる…』と教えます。

思想や理論の線にとどまっていた中国天台の教えを、一般人の信仰心にまで導入した点に、最澄のすぐれた宗教性が讃えられるのです。

日本天台宗の立宗

最澄は、この「中国天台の円教」のほかに「牛頭山の禅」と「密教」とさらに「大乗の戒律」のいわゆる「四宗融合」の思想を抱いて帰国し、比叡山にこの四宗融合の日本天台宗を開きます。

中国の天台宗が「法華経」だけによる立宗(宗派を立てる)と異なり、綜合仏教の内容を持つ点にその特徴があります。

天台宗は別名を「法華円宗」とも「天台法華宗」とも呼ばれるのは天台宗の教義の根本が「法華経」に依っているからです。

「円宗」は円教(完全な教え)の宗旨の意味です。

最澄は、天台・禅・密教・大乗戒の四つの仏教思想の融合を基としますが、その根本は「法華経」にあります。

最澄は「経文を読誦するときは仏の説法を聴聞する心構えでなければならぬ。無仏の世にさとりを得る方法は、それ以外にない」と説きます。

道心ある人を国宝とす。

最澄のめざす人材とはどのようなものであるかは、最澄の著書の「天台法華宗年分学生式(山家学生式と約す)」に明らかです。

この書は山家(天台宗)の学生(仏道を学習する僧)を養育する理想、教育方法を示すものです。

その冒頭の

『国宝とは何物ぞ。

宝とは道心(仏道求道の心を持って社会のために活動を志す)なり。

道心有る人を名づけて国宝と為す。

故に故人の言く

「径寸十枚 是れ国宝に非ず。

一隅を照らす 此れ則ち国宝なり」と。』

は有名です。

道心を具える国宝的人物の養成を目標とし、また自分が道心を具える国宝的人物になることを目標とする最澄の思想が表現されています。

「一隅を照らす」という言葉は広く知られていますが、一隅にあって世の中を照らしている人こそ国宝です。

原始仏教では自分だけのさとりを求めて修行しますが、自分一人だけの開悟を願うのは誤りであります。

我がさとりを願い求め、仏道修行しながら、自分だけでなく他の苦悩と共にしつつ仏道を修行するのが正しいとするのを大乗といいます。

この大乗の道心を持つ人こそ国宝です。

道心は自分を輝かすだけでなく、他をも明るくし幸せにするからです。

具体的にいえば

「仏道を求めるこころを常に抱いて よく発言し よく実行するなら 自然に一隅を照らす智慧と徳とが具わる」のです。

道心をこころに深く蔵して 指導力ある人間たらん。

参考文献…松原泰道著「法華経人生論」

法華経とは?

「法華経」とはどんなお経か?

「法華経」(フルネームは「妙法蓮華経」)は、大乗仏教の思想の真髄を余すところなく説き尽くしている教典です。

このお経の原形は二十一章(品)で、西暦紀元前後に西北インドで成立したといわれています。

現在私たちが読誦している「法華経」は原形の二十一章に、その後七章が加えられて二十八章(品)から成り立つ、鳩摩羅什(くまらじゅう)の漢文訳の経典です。

「法華経」の原典はサンスクリットで、経題を「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ」といいます。

鳩摩羅什はそれを「妙法蓮華経」と漢訳したのですが、いずれにしても経題の名がきわめて象徴的です。

したがってこのお経の内容も象徴的で、有名な「法華七喩」という七つの譬喩をはじめ、随所に譬話(たとえばなし)が語られています。

「法華経」が比喩で語られているところが、キリスト教の「バイブル」や、儒教の「論語」などと全く異なる表現方法であることを知っておかないと「法華経」の内容を正しく理解できません。

バイブルや論語は随所に教義が説かれていますから読んでそれなりに理解できます。

しかし「法華経」にははっきりと教義とわかるような文章はどこにも述べられていません。

だから何か教訓を得たいと思って「法華経」を読むと失望するかもしれません。

「法華経」の読み方

新聞・雑誌や学術書・法律書などを読むように「法華経」の比喩の文字の字面だけを追って理解しようと思ったら、どんな学者でも「法華経」の思想を読みとれないのは明らかです。

私たちは、物事を客観的に見たり聞いたり読んだりする教育に慣らされてきました。

そしてその角度で経典に接する限り「法華経」から教えを得ることは困難です。

角度を変えるとは「法華経」を客観的に読むのではなく「法華経」を読むとは自分自身を読むことであります。

「法華経」とは自分であるということですから、自分が自分を読むのです。

「法華経」がむずかしいのではなく、この角度を変えるのがむずかしいのです。

「法華経」に同化し「法華経」になりきるのがむずかしいのです。

「法華経」の一般的な解釈は「法華経」二十八品を前半と後半に二分します。

前半の十四品は以下のとおりです。

序品第一

方便品第二

譬喩品第三

信解品第四

薬草喩品第五

授記品第六

化城喩品第七

五百弟子受記品第八

授学無学人記品第九

法師品第十

見宝塔品第十一

提婆達多品第十二

勧持品第十三

安楽行品第十四

後半は次のような構成です。

従地涌出品第十五

如来寿量品第十六

分別功徳品第十七

随喜功徳品第十八

法師功徳品第十九

常不軽菩薩品第二十

如来神力品第二十一

嘱累品第二十二

薬王菩薩本事品第二十三

妙音菩薩品第二十四

観世音菩薩普門品第二十五

陀羅尼品第二十六

妙荘厳王本事品第二十七

普賢菩薩勧発品第二十八

前半の第一品の「序品」から第十四品の「安楽行品」までは、この世に実在された肉身(応身)の釈尊のご説法であるとされます。

そして後半の第十五品「従地涌出品」から終章の「第二十八品「普賢菩薩勧発品」までは、法身(久遠)の釈尊のご説法とされます。

参考文献…松原泰道著「法華経人生論」

天照皇大神の印の意味とは?

天照皇大神の照のところに捺してある印は、神璽(しんじ)の印と呼ばれ、伊勢神宮が正式に認めたという意味がございます。

また、ご祈祷済みの証でもあります。

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落款の個数について

六字名号の掛け軸などの落款は、作者が確かに私が書きましたという証であります。

その落款の印の数が、一個のものと二個のものとがございます。

当店で販売しております作品は、二個のものがほとんどでございますが、これは作者の趣向によるもので、宗派などによる違いではございません。

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落款が二つ押されております。

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般若心経とはどんなお経?

全文276文字の般若心経は、どんなことが書かれたお経でしょうか?

般若心経の内容を一言で表現すると「空を知る知恵を体得して、純粋な人間性に立ち返る教え」と言えるでしょう。

仏教の経典の最長編は、『大般若経』ですが、その精髄を抽出して組み立てられたのが『般若心経』であるといわれます。

現在広く読誦(どくじゅ)されている般若心経は、西遊記の三蔵法師で知られている玄奘(602〜664)の新訳によるものです。

よく「名は体を表す」というように、本文はわずか266文字ですが、その一字一字に「ほとけ」のいのちが躍動しています。

また「摩訶般若波羅蜜多心経」の十字の経題にその精髄がよくまとめられています。

「摩訶般若波羅蜜多心経」とは直訳すれば彼岸に到達するための大いなる智慧を説く心髄のお経という意味になります。

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仏教伝来

仏教の経典がわが国に渡来したのは、公的な記録によると西暦538年(552年説もあり)です。

般若心経が日本に伝来した年代については明らかではありませんが、梵字(サンスクリット)で、貝葉(植物の多羅樹の葉)に鉄筆で心経を筆写した、世界で最古といわれる「貝葉梵字般若心経」が、東京国立博物館・法隆寺宝物館に収蔵されています。

この心経は、609年に、中国から小野妹子(確証はない)らが、日本へ伝えたのです。

世界最古の心経の写本がわが国に現存していることは感動にあたいします。

心経は、執着心を去ることを説くというよりも、執着心を必要としないという根本の道理を明らかにします。

また、人間関係に大切な「和」も、たんに仲よくすることではなく、人間や事象との出会いの、本当の意味を見つめることであると教えます。

松原泰道著 「わたしの般若心経」より

「般若心経」現代意訳

観音菩薩は、この世にあるものすべてが、どうしてそのように存在するのか、その存在の原理を見きわめようと、深遠な観察の修行を積み、ついにその修行を究めた。

そして、一切の存在はすべて「空」であるとの真理をさとって、苦しみの原因を解決することができた。

観音菩薩は、舎利子に向かい、この空について説法される。

舎利子よ、あなたやわたしの目に見える身体(色)と目に見えない心、それと存在の原理の空とは、けっして異質ではないのだ。

なぜなら、空の原理に基づいて身体や心があるのだから、空と色や心とは、異質であるわけがない。

さらに言おう。

目に見える色そのままが、実は目に見えない空の真理の相(すがた)に外ならないのだ。

空の真理とは、まず、すべてはつねに移り変わり、永遠な存在は一つもなく、すべて「無常の存在」である真実。

次に、すべての存在は、そのものだけで他と孤立して存在できない、みな他とかかわりあって、はじめて存在が可能な「無我の存在」である真実。

この二つの真実を総括するのが、空の真理に外ならない。

この真理は、身体だけではない。

心に関する現象すべてに通じている真理である。

一切の物ごとや現象を生ずる空の真理は、永遠で、不生不滅で、相対的な認識を超えるから、この真理を拒むものはない。

このように、空の真理をさとることができる。

さとりは、深遠な観察の智慧によって得られるから、そこに執われるものは何もない。

執われないから恐怖もない。

空の真理を知り、一切の誤った認識を除いて、心身の安らぎを得よう。

このことは私に限らない。

いつの世でも、誰でも空の真理をさとって安らぎをえられるのだ。

故に、深遠な観察の智慧は、生きた真実の理(ことば)である。

「渡ろうよ 渡ろうよ 心と心をつないで 迷いの河を渡ろうよ

かの岸こそ永遠(とわ)のさとりである

渡ろうよ 渡ろうよ 心と心をつないで

執われのない迷いの河を渡って かの岸に行こうよ

行くことができるのだから 行こうよ」

松原泰道訳

空(くう)とは何か?

空は、すべてのものの帰着する処であり、また一切が生まれる処でもあります。

すべてこの世にあるものは、さまざまな要素がかかわり合って、はじめて存在できるのです。

この道理を仏教思想で「空」(くう)と呼びます。

このようにして存在する一切の物は、その物をつくりあげている無数のかかわり合いが離れると死んだり滅んだりします。

この道理をもまた「空」といいます。

ゆえに、空はすべてのものの存亡(存在と滅亡)の原理です。

松原泰道著「わたしの般若心経」より

婆子焼庵(ばすしょうあん)

禅の修行方法の一つに、公案(こうあん)を師からもらって工夫する仕方があります。

公案とは、一言でいえば禅の課題で、相対的とか絶対的とかいう対立的な考え方を超えた統一を体験させるのが目的です。

その一つに「老婆が庵を焼く(婆子焼庵ばすしょうあん)」という公案が、禅書の「葛藤集」にあります。

「昔、ある老婆が、庵を建てて一人の修行者を住まわせ、20年もの間丁重に仕え、かつ世話をしていた。ある日、いつも彼に食事の給仕をさせる自分の娘に言いつけて、いきなり修行者に抱きついて愛をささやかしめる。するとかの修行者は、古木が氷の凍てついた巌に寄り添ったようなものだ。寒中に暖気などあるわけがないように、私には暖気(色気)など、まったくないと娘をつっぱねてしまう。娘は帰って来て、ありのままを母の老婆に伝えると、老婆は以外にも腹を立てて、なんだ私は20年間もそんなくだらない人間に大切に仕えていたのか!と、その修行者を追い出し、彼が住んでいた庵まで焼き払ってしまった。」

といのがその内容で、「そのとき、お前ならどうする?」というのが公案です。

松原泰道著「わたしの般若心経」より

如是我聞(にょぜがもん)

「如是我聞」は、釈尊が亡くなった直後、遺された弟子たちが釈尊の教えを確認しあい、伝えていくために、編集会議ともいうべき「結集」の場で「このように私は聞きました」と、お互いに耳で聞いた体験を表現した言葉です。

釈尊の滅後の弟子たちは感激も新たに、おそらくは涙を頬に流しつつ「私はこのように教えていただきました。私はかくかくに承りました。」と語り合ったことでありましょう。

松原泰道著「わたしの般若心経」より

他力というは如来の本願力なり「教行信証」

「他力本願」は浄土真宗の教えの根幹である。

阿弥陀如来の本願は、人々を極楽浄土に往生させるという阿弥陀如来がたてた誓願に他ならない。

その願いによって往生できること、これを他力と呼ぶ。

したがって、他力本願を他人まかせと解釈するのは、全くの誤解である。

親鸞聖人は、救いを求める人々があらゆる自力を捨て、阿弥陀如来の本願を信じることによって救われると、説いている。

また、「歎異抄」に「念仏は行者のために非行・悲善なり」とある。

念仏することも自力の行ではなく阿弥陀如来の本願力すなわち他力だ、としている。

「浄土真宗 真宗を知る 辞典」より

善人なをもて往生をとぐいわんや悪人をや「歎異抄」

悪人正機は「歎異抄」の一説。

直訳すると「善人ですら往生できるのだから、悪人が往生をとげられないことはない」ということになる。

正機とは阿弥陀如来に救われる資格があるということである。

ここでいう悪人とは、煩悩にまみれた救いようのない凡夫を指す。

その凡夫を救わずにはおれないのが阿弥陀如来の本願なのである。

しかし、悪人正機は、悪いことをしてもよいという悪行のすすめではない。

これは、「造悪無碍」といい、きびしくいましめている。

考えてみれば、人間誰しも凡夫である。

悪人正機とは、自らが罪をおかさずには生きていけない、という自覚に根ざした教えだといえる。

「浄土真宗 真宗を知る 辞典」より

念仏もうさんと思いたつ心のおこるとき「歎異抄」

他の行をせず、ひたすらに念仏を称えることを「専修念仏」という。

これは法然上人の説かれた教えである。

すなわち、自らの力では往生できない、と自覚した人が阿弥陀如来の本願力によって、往生を願う念仏である。

これに対して、親鸞聖人の説く念仏は、自分の意志によって称える念仏というより、自然に口から出る念仏とされている。

思わず称える念仏、つまり阿弥陀さまに感謝する念仏である、これを「報恩念仏」と呼んでいる。

親鸞聖人は念仏することは自力の行ではなく、阿弥陀如来の本願力、すなわち他力であるとされている。

感謝の心は自然に口から出る、ということに通じるのではないだろうか。

「浄土真宗 真宗を知る 辞典」より

他力回向と自力回向

回向といっても、浄土真宗と他宗派では大きく考えが異なる。

他宗では回向といえば、追善回向を指す。

追善とは、追善供養のことで、生きている人が故人に対して、あの世の冥福を祈ること、とされている。

親鸞聖人はこれを自力回向であるとし、他力回向こそが正しい回向である、と説いた。

浄土真宗の回向

真宗では、阿弥陀如来に救われて浄土に往生する往相回向と、浄土に生まれ、仏となって再びこの現世に還り人々を救う還相回向の二種があるとする。

往相回向も還相回向も他力の恵みである。

「正像末和讃」に次ぎのようにある。

往相回向の大慈より

還相回向の大悲をう

如来の回向なかりせば

浄土の菩提はいかがせん

この二種の回向がなければ、浄土の悟りが、どうして開けようか、ということになる。

このように、真宗においては、回向とは阿弥陀如来の側からのことなのである。

真宗では功徳をもらうのは故人ではなく私たちの方である。

仏よりさし向けられた功徳、すなわち他力回向のなかにすべてがある、とするのである。

「浄土真宗 真宗を知る 辞典」より

「仏説無量寿経」あらゆる人を救う四十八願が説かれる

「浄土三部経」の中で最も重要視されている経典が「仏説無量寿経」、「大経」とも呼ぶ。

法蔵菩薩が修行して、迷いと苦しみの中にある人々を救おうと誓願をたて、それを成し遂げて、阿弥陀仏となられたことが説かれている。

その誓願を「四十八願」といい、その中でも最も重要視されているのが第十八願で「あらゆる人が念仏を称えて浄土に生まれたいという願いがかなわなかったら、私は仏にはならない」という誓い。

これを「王本願」と呼んでいる。

「浄土真宗 真宗を知る 辞典」より

「仏説観無量寿経」極楽浄土の様子を観る方法。往生の方法が説かれている。

「仏説観無量寿経」は、略して「観経」ともいう。

阿弥陀如来の姿、極楽浄土の様子を観る方法、浄土に往生する方法が説かれている。

内容は王舎城の悲劇を背景に、韋提希夫人がお釈迦様によって浄土に救われるという説法。

浄土に往生する観想は十六あり、第一の観想が「日想観」。

これは夕日を観想すること。

夕映えの彼方に西方極楽浄土を観るのである。

「浄土真宗 真宗を知る 辞典」より

「仏説阿弥陀経」極楽浄土の美しい様子と諸菩薩の徳を説く

「仏説阿弥陀経」は「小経」とも呼ぶ。

この経典ではまず極楽浄土のすばらしさが説かれている。

次に浄土に往生するには、一心に念仏することによってのみ往生できるのだ、と説く。

後半では、この往生が真実であることを、諸仏が証明していると説き、一心不乱に念仏せよと説く。

「浄土真宗 真宗を知る 辞典」より

「教行信証」親鸞聖人の主著、浄土真宗の根本聖典

「教行信証」は親鸞聖人の主著。

五十二歳ごろから執筆を開始。

七十四・五歳で一応の完成をみた、とされている。

内容は、「仏説無量寿経」の教えに基づき、阿弥陀仏の四十八願を説きあかしたもので「教」「行」「信」「証」「真仏土」「化身土」の全六巻からなる。

本書によって浄土真宗の教えの何たるかを、明確に知ることができるのである。

ちなみに「行巻」の最後に出てくる百二十句の偈が「正信偈」である。

「正信偈」は「教行信証」のエッセンス。

この百二十句、六十行の偈に浄土真宗の教えの核心がある、とされている。

「浄土真宗 真宗を知る 辞典」より

「三帖和讃」和文をもって、浄土、仏徳、高僧を讃えた。

和讃は親鸞聖人の晩年 、七十六歳ごろから八十八歳にかけて作られている。

その数は五百数種に及ぶ、七五調の和文である。

内容は、浄土の仏、菩薩の功徳、高僧などの業績をほめ讃えたもの。

三帖とは「浄土和讃」「高僧和讃」「正像末和讃」の三種。

「浄土和讃」は阿弥陀仏とその浄土を讃え、「高僧和讃」では七高僧の教えを讃えている。

「正像末和讃」は、聖人晩年の作で、末法濁世、すなわち悟りを得られない時代における聖人の心境が詠まれている。

「浄土真宗 真宗を知る 辞典」より

「歎異抄」親鸞聖人が、私たちに語りかけること、とは

親鸞聖人滅後、弟子の唯円が、聖人の教えと異なる解釈が生まれたことを憂慮し、自らが聖人から聞いた言葉にもとづき、その教えを書き記したもの。

「歎異」とは、異なることを歎くという意味。

「歎異抄」には「悪人正機」を始め誤解されやすい言葉もある。

そのため、唯円は、念仏の信者以外に見せてはならない、と最後に注意を促している。

しかし、いまでは聖人の語りかけが、その美しい文章とあいまって、広く読者の心を引きつけている。

文学的にも評価が高く、近年では真宗門徒以外でも広く読まれている。

「浄土真宗 真宗を知る 辞典」より

親鸞聖人の生涯

「京都。日野に誕生、九歳の春に出家」

親鸞聖人が誕生された平安末期は、戦乱、天災が続き、世はまさに末法の様相を呈し、民衆は時代の荒波に翻弄されていた。

記録によると、親鸞聖人は四歳で父を亡くし、八歳で母を亡くした、という。

誕生地は京都郊外の日野。

父は藤原氏の流れをくむ日野有範。

幼名は松若丸。

九歳の時慈円僧上のもとで得度。

場所は青蓮院の白川房。

京は春だったが、時代は戦乱のさ中であった。

「比叡山に登る。修行は二十年に及んだ」

出家した親鸞聖人は、比叡山に登り修行。

比叡山は当時の日本仏教の最高学府だった。

後の鎌倉仏教の祖師となる道元や日蓮も、みな比叡山で修行している。

親鸞聖人の修行の場は比叡山の横川、常行三昧堂である。

常行三昧とは、堂内の阿弥陀如来をまわりながら、阿弥陀如来の名を九十日間にわたって念じ続ける行だ。

このような厳しい修行とともに、修学にひたすら励んだ。

一心不乱の研鑚にもかかわらず親鸞聖人の心は満たされなかった。

そして山を降りることを決意。

上山以来二十年を経過していた。

時に親鸞聖人二十九歳。

「聖徳太子の夢告を得、法然上人の元へ」

比叡山を降りた親鸞聖人は、聖徳太子ゆかりの寺、京都の六角堂に向かった。

この寺で百日間の参籠に入った。

九十五日目の暁、聖徳太子の夢告を受ける。

聖徳太子の偈を受けた聖人は、法然上人のもとに参ることを決意。

法然上人が居る、東山吉水に走った。

法然上人は専修念仏の教えを説き、多くの人が集まっていた。

法然上人は念仏往生においては、制約するものは何もない、と説いていたからである。

法然上人の弟子となった親鸞聖人は、師を仰ぎ研鑚を重ねた。

一心に阿弥陀仏の名を称える念仏の教えは、男女や身分に関係なく広がっていった。

しかし、そのことは旧仏教の批判を受けることになり、ついに念仏禁止令が出された。

「念仏者の弾圧。越後へ配流される」

念仏者が弾圧されたこの事件を承元の法難と呼ぶ。

事件には様々な要因があった。

二人が斬首、八人が流罪となった。

法然上人は四国へ。

名は藤井元彦とされた。

親鸞聖人は越後へ、名は藤井善信とされた。

この時、法然上人七十五歳、親鸞聖人三十五歳、再びこの世でまみえることのない永遠の別れであった。

後に聖人はこの時の心境を、(しかればすでに僧にあらず俗にあらず、このゆえに禿の字をもって性とす)と述懐している。

いわゆる(非僧非俗)の宣言である。

「恵信尼との出会い。愚禿親鸞と名のる」

親鸞聖人の配流先は越後、現在の上越市。

上陸したのは居多ヶ浜の海岸。

そこから五智国分寺に至った。

現在、この地は親鸞聖人の旧跡となっている。

念仏の教えを聞くゆとりもない人々、厳しい環境。

その中でも聖人は教えを広めていった。

やがて、聖人は、一人の女性と出会う。

後に聖人の妻となる恵信尼だ。

流罪の日々、ひたすら苦難に耐え、子供も生まれた。

親鸞聖人は、流罪の地越後で、自らを愚禿親鸞と名のった。

ちなみに禿とは、髪を切りそろえた状態をいう。

僧でもなく、俗人でもない身、禿とは非僧非俗の象徴なのだ。

「関東への旅立ち。稲田に草庵を結ぶ」

建暦元年親鸞聖人は流罪をとかれた。

三十九歳になっていた。

しかし聖人は、すぐに京には帰らず越後にとどまった。

やがて聖人は妻恵信尼と信蓮房を伴い東国(関東)へ向けて旅立った。

行先は常陸国。

一方京都に戻った法然上人は翌年はじめに往生をとげている。

関東に入った聖人は当初下妻に草庵を、後に稲田に草庵を結んだ。

稲田は現在の茨城県笠間市。

現在西念寺が建つ。

以来二十年間、常陸を中心に念仏の教えを説き続け、多くの念仏者が生まれた。

聖人の主著(教行信証)の草稿を執筆したのもこの地である。

「念仏、ひと筋、偉大な生涯をとじる。往生は九十歳」

親鸞聖人は六十二歳になっていた。妻・恵信尼も越後に帰ることになった。

聖人は京に帰ることを決意。

教行信証の完成を急ぐため、といわれている。

京においても様々な困難があった。

しかし聖人の信念のゆらぐことは、いささかもなかった。

そして弘長二年十一月二十八日覚信尼らの見守るなかで九十年の偉大な生涯を終えた。

往生を間近にした聖人は、ひたすらに念仏を称えていたという。

「浄土真宗 真宗を知る 辞典」より

蓮如上人の生涯 

戦乱と飢饉の世、真宗の教えを広めた中興の祖

「貧しかった幼少時代を耐え本願寺八世に」

蓮如上人が誕生されたのは、応永二十二年。

室町時代にあたる。

親鸞聖人の末裔である。

生母は上人六歳の時、本願寺を出る。

当時、本願寺は寂れ貧しさの極みにあった。

蓮如上人は長男であったが、生母が去ったあとは部屋住みという立場におかれ、世の辛酸をなめることになる。

このような上人の生活は四十二歳までつづく。

しかし、時代は蓮如上人を求めていたのだろうか、蓮如上人は本願寺第八世となる。

ここから一代で本願寺を復興させた上人の激動の生涯が始まる。

「民衆の心を掴み教勢を拡大するも、厳しい弾圧に遭う」

本願寺の住職となった蓮如上人は様々な改革に着手する。

近江・畿内・東海と布教の旅を精力的に行った。

次第に教勢も拡大、戦国乱世の世、よるべを失いつつあった民衆の心を確実に掴み、門徒の数も急速に増加していった。

しかし、教勢の拡大は、やがて他の教団の反発を受けるようになっていった。

そして、寛正六年比叡山宗徒の襲撃に遭い本願寺は破却した。

蓮如上人と行動を共にする門徒は防戦したが、かなわなかった。

これを寛正の法難と呼ぶ。

「布教の旅へ、本拠地の吉崎御坊は隆盛を極めた」

本願寺をさった蓮如上人は各地を転々とする。

それは布教の旅でもあった。

大津の三井寺に親鸞聖人の御影像を建てたのは文明元年。

時に蓮如上人五十五歳。

やがて上人は北陸へ向かった。

越前(福井県)の吉崎、蓮如上人は、ここに本拠地を移し、以降四年間、ここに滞在する。

吉崎の地形は天然の要塞となっており、上人はここに坊舎を建てた、これが吉崎御坊である。

吉崎御坊は北陸布教の拠点となった。

上人の吉崎での活躍はめざましく「お文=御文章」や「六字名号」など多数書いた。

この文書伝道は真宗復興の原動力になった、とされている。

「吉崎を去り、悲願の本願寺再興にのり出す」

しかし、教勢の拡大は時の権力との摩擦を生み、各地で一向一揆が勃発、上人は四年余り滞在した吉崎を去ることを決意。

各地を転々と教化して歩くことになる。

文明十年、念願の本願寺再興にのり出す。

本願寺破却から十三年、上人の悲願だった。

七十六歳で引退後も石山(大阪)御坊を建立。

明応八年波乱に富んだ八十五歳の生涯をとじた。

「浄土真宗 真宗を知る 辞典」より

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