カートをみる マイページへログイン ご利用案内 香遊オンラインお問い合せ お客様の声 香遊オンラインサイトマップ
RSS
掛け軸の専門店 香遊オンラインへようこそ! 店長が厳選した掛け軸 約400点の品揃え!

春らんまん。

桜は、あっという間に満開になって

あっという間に散っていきました。

当店に隣接している岐阜県百年公園の森の新緑が

得も言われぬ美しさで

瑞々しい淡いグリーンがトーンを変えながら

グラデーションを織りなしていて

毎朝の愛犬とのお散歩を楽しんでいます。

当店の庭の花たちも次々に咲いていきますので

ご紹介させていただきます。

一句 新緑や 森の清浄なる姿  てんちょう

キクサキイチゲ

≪キクザキイチゲ≫

シャガ

≪シャガ≫

四季の移ろいを愛でながら日々を送っています。

日本には四季があり、雪月花と言われるように

まさに春夏秋冬それぞれの味わいがあります。

今は春たけなわ。

山笑い、大地の生命が萌え出づるときです。

暖かくなり、生命が躍動し始めるこの時を

精一杯、味わって過ごしたいと思います。

この世を貫く法は、無常の法です。

すべてが移ろい変化していきます。

私たちに与えられた確かなものは

即今、この今の連続です。

この今を紙一枚紙一枚積み重ねるように

精進・努力して、未来を切り開いていきたく思います。

正受老人は

「一大事と申すは今日只今のこころなり

これをおろそかにして翌日あることなし

すべての遠きことを思い計らうことあれども

覿面(てきめん)の今を失うに心づかず」

との言葉を残しておられます。

この言葉に、今を生きることの大事を学ばせていただきます。

桜、満開。

桜が満開になりました。

当店の庭の花たちも次々に咲いてゆき春爛漫です。

一句 咲き満ちて 花のよろこび 聞こえさう  てんちょう

ソメイヨシノ

≪ソメイヨシノ≫

ヒトリシズカ

≪一人静≫

トサミズキ

≪トサミズキ≫

ハナダイコン

≪ハナダイコン≫

一句 母植ゑし 山野草咲き 庭に春  てんちょう

コロナ禍の今だからこそ

「今」という時の大切さを感じます。

過去・現在・未来と時は流れていきますが

私たちに与えられた確かなものは「今」だけです。

「今」の積み重ねあるのみです。

過去を後悔せず、未来を不安視せず

「今」を精一杯、努力・精進していく。

一日一日、紙一枚紙一枚積み重ねるように

努力・精進して生きていく。

こころ晴れ晴れ生きていく。

この世は無常、不可知なものです。

だからこそ「今」に全集中で生きることが

今の私にできることです。


春、来たる。

このところ春らしい陽気になってきました。

当店の庭の花たちが次々に開花して

春の来しことを告げています。

一句 穏やかに 沈丁香る 日和かな  てんちょう

沈丁花

≪沈丁花≫

ラッパスイセン

≪ラッパスイセン≫

サクラカガミ

≪サクラカガミ≫

ショウジョウバカマ

≪ショウジョウバカマ≫

春になりました。

ニュースでは、今年の桜の開花は一番早いと伝えています。

厳しい冬でしたが、それからはわりと暖かな日も多かったような気がします。

だからでしょうか…

花は、無条件で美しいものです。

「花はなぜ美しいか 一筋の気持ちで 咲いているからだ」

詩人 八木重吉の詩です。

花は、優しいものです。

「もろもろの 山草おのおの花つけて

言葉を持たぬ その優しさよ」

歌人 鹿児島寿蔵

花は無言で、誰に褒められようが、褒められまいが

一心に咲いています。

そして、花は人のこころを癒してくれます。

最後に相田みつをさんの詩をご紹介します。

「花には 人間のようなかけひきがないからいい

ただ咲いて ただ散っていくからいい

ただになれない人間のわたし」

百花の先駆け。

当店の庭の白梅が、百花に先駆けて咲きました。

冬の寒さに耐えて咲いた白梅は、春の訪れを告げています。

また、福寿草も一輪咲いてくれました。

一句 白梅の香り ふくよかなる日和 てんちょう

白梅

≪白梅≫

福寿草

≪福寿草≫

一句 一輪の 福寿草咲きたりし樹下 てんちょう

「春来草自生」(はるきたればくさおのずからしょうず)

という禅語があります。

まさに、今の季節にピッタリの五字一行です。

表面の意味は、「春が巡りくれば草は自然と生えてくる」ということです。

しかし、この禅語が意味するところは、

時節因縁(じせついんねん)の大事です。

時節因縁が巡りくれば、物事は自然と動き出す…

時節因縁つまり機が熟していなければ、動いても良い結果は得られません。

時節因縁が巡りくることを待つことの大事。

また、時節因縁が巡り来しことを感ずることの大事。

そして、時節因縁が到来すれば、物事は動き出し、成就へと向かう。

こんなことを「春来草自生」の五字一行は、

示してくださいます。

春の雪。

一昨日からの寒波の到来で、今朝目覚めたら

一面の銀世界になっていました。

一句 白銀の 景に一変 春寒し てんちょう

春の雪

≪雪景色≫

雪景色は美しいものです。

当店は岐阜県関市にあります。雪が積もっても10~20センチほどです。

この程度の雪は、美しいといって眺めて楽しむことができます。

岐阜県関市に引っ越すまでは、岐阜県郡上市白鳥町で営業していました。

郡上市白鳥町は、関市から北へ60㎞ほどのところに位置します。

近いようですが、豪雪地帯です。

降る年は、1m50cmくらい積もり

雪掻き、屋根の雪降ろしなど、雪国特有の作業が必須で

雪と奮闘したことを思い出します。

そして、今を感謝するばかりです。

一句 春寒や 思ひ出す 雪国暮らし てんちょう

日々是好日。

日々是好日(にちにちこれこうにち)という禅語があります。

掛け軸 日々是好日◆清水寺管主 森 清範(肉筆)

≪日々是好日 清水寺貫主 森 清範老師≫

雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師のお言葉で、

「碧巌録(へきがんろく)」第六則によって有名な禅語です。

「晴れの日も雨の日も楽しい日も辛い日も、

全てが人生最良の日である。」という意味です。

すべてのことがらを大いに肯定していく、

優れた達人の境地です。

今日という一日は、自分の人生の中のかけがいのない一日です。

まさに一期一会の一日といえます。

私は、寝る前に自分に問いかけます。

「今日という日に出会えたか?邂逅(かいこう)できたか?」

「自分自身に出会えたか?邂逅(かいこう)できたか?」

一日一日を大切に丹精込めて生きること

そして、主体的に生きることができたか振り返る。

そんな日々を送っています。

一句 大寒の坐禅 自己とは なにものぞ てんちょう



クリックいただくと商品ページに移動します。

瑞雲。

1月11日の午後、空に瑞雲が現れました。

瑞雲は、めでたいことの前兆として現れる雲のことです。

祥瑞の雲ともいわれます。

気象用語では環天頂アークというそうです。

一句 寒中に 妻と瑞雲 見上げたり てんちょう

瑞雲

≪瑞雲≫

瑞雲は、禅僧がよく揮毫される一語です。

瑞雲が、めでたいことの前兆として現れる雲だからでしょうか。

その真意は測りかねます。

隨縁、縁に随い、因縁の法のままに生きることを

「無心にして太虚(たいこ)に合す」といいます。

人間は無相であり無我です。

縁がはたらいて、行動し、生かされて生きている存在です。

目の前を移り行く現象に一喜一憂することなく

その場、その場で状況に則した行いをし

執着せず、サラリサッパリと生きて行きたく思います。

一句 寒の空 晴れ渡り 有り難きけふ てんちょう

ろう梅。

今年も、当店の庭の蝋梅(ろうばい)が咲き始めました。

一年で最も寒い、この寒の時期に咲く蝋梅は、

その可憐な花と、甘い香りで癒してくれます。

一句 厳しさに 耐え咲き初めし 蝋梅よ てんちょう

ロウバイ

≪ロウバイ≫

釈尊は、この世は「耐えるところ」「我慢するところ」であると

はっきりおっしゃっておられます。

この世のことを「娑婆(しゃば)」といいますが

仏教語で耐えるところ、我慢するところという意味です。

耐えることを、仏教では「忍辱(にんにく)」といいますが

忍辱は、釈尊が説かれた六波羅蜜(ろくはらみつ)の中の

3番目の徳目です。

耐えること、我慢することは、人間を磨く上においても

大成する上においても必要なことだと思います。

現在のコロナ禍も耐え忍んで生活していくしかありません。

そして、コロナ禍の今だからこそできることを

知恵をしぼって実践していく…

朝の来ない夜がないように、コロナ禍の終息がないことはないと思います。

人を救うのは人です。

人類の叡智を信じ、常に希望をもって

今を真摯にそして精一杯、生きていきたく思います。

一句 コロナ禍を 耐え忍びつゝ 初薬師 てんちょう

新年あけましておめでとうございます。

令和3年元旦を迎えました。

日本列島が寒波に覆われ、当店のある岐阜県関市でも

雪のお元日となりました。

雪は大地を浄めてくれます。

一句 雪という 純白にみな 浄められ  てんちょう

2021年 元旦の雪

≪当店の雪の庭≫

年が改まり、令和3年になりました。

昨年は、コロナ禍という未曽有の災厄に遭遇した一年でした。

今年は、何とか明るい兆しが見えてこないかと祈るばかりです。

平常心是道(びょうじょうしんこれどう)という禅語があります。

「どんな時にも平常心で生きることが道すなわち悟りである」

という意味です。

しかし、そんなにたやすいものではありません。

人間は弱い存在です。

置かれた環境によって、心の持ちようもころっと変わってしまいます。

ですから、常に善根を積むよう心がけ

自分のこころの中に、しっかりとした核を持つ。

それが、もう一人の自分・自分の中の自分、

つまり禅のこころです。

禅のこころは、無作無心・融通無碍(ゆうづうむげ)であり

はからいを捨てた、あるがままのこころです。

至道無難禅師(しどうぶなんぜんじ)は、

「生きながら 死人となりて なり果てて

思いのままに するわざぞよき」

という言葉を残しておられます。

生きながら死ぬとはどういう意味か…

相対的な思慮分別を超越することです。

つまり、有無・損得・是非・善悪といった一切の分別を超越して、

無になりきり、無の境涯から一切の行動を運び出す。

これが、「思いのままにするわざぞよき」です。

人間は、損得に縛られて生きています。

その縛りを解き放ち、理屈を超えた境涯に至ったとき

禅門ではこれを見性(けんしょう)といいます。

一句 元日や 己のなかに おのれあり てんちょう






今年一年どうもありがとうございました。

今年も早いもので、一年が暮れようとしています。

今年は、コロナ禍で大変な一年でした。

どうか、令和3年は新型コロナも収束し、

平穏な日々が戻りますように…

と祈るばかりです。

この店長日記では、当店の庭に咲く花たちの写真をおもに紹介し、

店長のつたない俳句を織り交ぜて、

禅の思想にも触れながら書かせていただいております。

一句 恙なき 暮らしに感謝 年の暮れ  てんちょう

炉開き

≪炉開き≫

山茶花

≪山茶花≫

万両

≪万両≫

亡き母が、茶人だったので

庭のあちこちに何種類かの椿が植えてあります。

「炉開き」という椿は、11月頃から咲き始めますので、

お茶の炉開きのときに、茶花として活けられるそうです。

そこから「炉開き」という花の名もつけられたそうです。

普通の椿にくらべて、花が小さく「詫び」を感じさせてくれます。

私の両親は、他界してこの世にはいません。

人間は、いづれ必ず死んでいかねばならぬ存在です。

今日という一日は、己の人生のなかの唯一の一日です。

明日があるじゃないかと言われそうですが、

明日は明日、今日は今日です。

今日をおろそかにして明日はないと思います。

一期一会の今日を、日々是好日の心境で過ごして参りたく思います。

一句 短日を でき得る限り 使い切り てんちょう




ページトップへ