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秋草。

秋も深まってまいりました。

秋の草花が、目を楽しませてくれます。

花は、花の命をいっぱいに輝かせて

しかも無心に咲いています。

一句 生命の ひとしずくなり 杜鵑草(ほととぎす) てんちょう

ホトトギス

≪ホトトギス≫

ツワブキ

≪ツワブキ≫

明歴々露堂々(めいれきれきろどうどう)という

禅語があります。

直訳すると、あきらかに堂々と隠すことなく

あらわれている。

という程の意味になります。

いったいなにが明らかなのか…

真理や悟りや仏教の奥義といったものは

どこか遠いところにあるように思われがちですが

実は、自分の脚下、心中、身の回りに

明歴々とあらわれている…ということです。

生きとし生けるものはみな

宇宙の大生命のひとしずくをいただいて

生きているわけですから

宇宙の大生命つまり如(にょ)「これを仏性という」

が宿っているわけであり

己のなかにすでに仏性が存在しているということになります。

野辺に咲く一輪の花にも

大生命のひとしずくが宿り、いのちいっぱいに咲いているからこそ

美しいのではないでしょうか。

山川草木すべてが私たちに真理を語ってくれているといえます。

自然の佇(たたず)まいから、真理を学ぶ。

「禅」の一側面であります。

天高し。

秋晴れが続いています。

秋は、空気が澄んでいて空も山もくっきりと見え

見ている方のこころまで、澄んでくる気がします。

一句 秋天に 不思議な安堵感覚え  てんちょう

秋の空

≪秋天≫

澄んだ青空を眺めていると

不思議とこころが安らぎます。

「平歩青天」(へいほせいてん)

という禅語があります。

「平歩」とは、おだやかであせらず

悠々と歩くことであります。

一片の雲もなくカラリと晴れ渡った大空の下を

悠々と歩くように、人生をのびのびと生きること。

順境にあって有頂天にならず。

逆境にあってあせらず、くじけず。

平常のマイペースで生きたいものです。

秋彼岸。

今日は、めっきり秋らしい日和になりました。

当店の裏庭には、秋海棠が咲いています。

吹く風も爽やかになりました。

一句  虫の音の中を愛犬との散歩  てんちょう

秋海棠

≪秋海棠≫

今年の夏が、あまりにも暑かったので

秋の訪れに安堵します。

夕暮れになると辺り一面、

アオマツムシの大合唱です。

季節の移ろいを楽しみながら

今を大切に、今日という一日を大切に

過ごしていきたいと思います。

大虹。

早朝に、大きな虹が架かるのを初めて観ました。

あまりに見事なので、妻を呼んできて一緒に観ました。

一句 めずらしく 早朝に大虹 立ちぬ  てんちょう

虹

≪大虹≫

虹は、龍の化身とも言われるそうです。

写真を撮っているそばから消えていきました。

この世を貫く法は「無常」です。

すべては移ろい変化してゆく儚いものです。

私たちにとって、唯一確かなものは

「即今、この今」

今こそが確かなものであります。

正受老人 道鏡慧端禅師は

「一大事と申すは、今日只今の心なり

これをおろそかにして、翌日あることなし

すべての人 遠きことを思い煩うことあれども

覿面(てきめん)の今を失うに こころづかず」

と述べておられます。

私たちにとって大切なのは

過去でも未来でもなく

今日、ただ今のこころであり

生き方なんだ・・・

正受老人の説法が聴こえてまいります。

朝顔。

今年も、朝顔が咲き継いでくれています。

何とも言えない、そのブルーに癒されます。

一句 朝顔の 咲くはひと時 なるいのち  てんちょう

朝顔

≪朝顔≫

三好達治の詩を紹介させていただきます。

「朝さく花の朝がほは

昼にはしぼんでしまいます

昼さく花の昼がほは

夕方しぼんでしまいます

みんな短い命です

けれども時間を守ります

そうして

さっさと 帰ります

どこかへ帰ってしまいます」

三好達治の言うように、朝顔も昼顔も

ほんの半日も咲いていない「ものうげな花」です。

しかし、その短い命を精一杯咲かせて

さっさと帰ってしまうのです。

無常というか一期一会というか・・・

そこに、朝顔の輝きと潔さが感じられます。

だから、あんなに吸い込まれるようなブルーの花を

咲かせられるんだ・・・と思ってしまいました。

夏の草花。

季節とともに、当店の庭の草花も移ろいでゆきます。

夏椿(別名、沙羅双樹の花)も短い花期を

精一杯に咲いています。

一句  ウィズコロナ この世は無常 夏椿  てんちょう

夏椿

≪夏椿≫

桔梗

≪桔梗≫

ギボウシ

≪ギボウシ≫

ネジリバナ

≪ねじり花≫

カラー

≪カラー≫

当店の周りでは、ホトトギスが鳴き、鶯が老いを鳴いています。

一句 暮れゆくや 愛犬と聴く ほととぎす  てんちょう

一句 老鶯や 暮れゆくひとときの 坐禅  てんちょう

「幽鳥弄真如(ゆうちょうしんにょをろうす)」

という禅語があります。

「真如」とは、宇宙の一切の存在をあらしめている

根源的な実体・一切の現象を貫いている

根本的な理法を意味するそうです。

つまり、花にさえずる鳥の声は、

宇宙万物を貫いている根本の真理を

説いているということです。

禅者は、ほとけの説法でないものはないと

受け止め、そこに真理・真実を見据えるのですね。

鳥のさえずりを、如来の説法と受けとめる。

鳥のさえずりは、鳥のさえずりです。

それを説法と感得できるのは、

聴く人の心の深さにあるのです。

そのような絶妙の働きを持つ点に、

人間の尊厳性があるように思います。

※参考文献:禅語百科・禅語の茶掛 一行物(芳賀幸四郎)

松原泰道全集2 禅のこころ

梅雨の晴れ間。

今日は、梅雨の晴れ間で

陽射しが降り注いでいます。

季節の移ろいとともに

当店の庭に咲く花も移ろいでゆきます。

ご近所の方にいただいた薔薇(エリザベス)が

今年も咲いてくれました。

一句 天は青 山色清く 風薫る  てんちょう

エリザベス

≪エリザベス≫

ホタルブクロ

≪蛍袋≫

一編の詩をご紹介いたします。

「花はなぜうつくしいか

ひとすじの気持ちで咲いているからだ。」

詩人 八木重吉

花は、「ひとすじの気持ち」

つまり無心で咲いています。

そして、一心に咲いています。

はからいなく、あるがままに・・・

人間も、はからいなく、あるがままに生きたいものです。

禅者は、はからいなく、あるがままに生きることを

大切にいたします。

はからいなく、あるがままに生きて

それが、法に適った生き方のできる人を

一無位の真人(いちむいのしんにん)

あるいは本来の人(ほんらいのひと)

などと呼ぶようです。

ビートルズの代表曲「Let it be」に

相通じる思想が流れているように

感じるのは、私だけでしょうか・・・

お初物です。

昨年の11月にお隣さんから白いちごの苗を

いただきました。

妻がプランターで育て、白いいちごを

実らせてくれました。

白いちごをいただくのは始めてです。

味は、甘くて、ちょっぴり酸味もあり

いちごの味が口中に広がりました。

お隣さんに感謝して、妻といただきました。

一句  想像に たがわぬ食味 白苺  てんちょう

白イチゴ

≪白イチゴ≫

イチゴの花

≪白イチゴの花≫

当店の猫のひたいほどの畑で、

毎年、妻と夏野菜を作るんですが、

まずは、ズッキーニが実ります。

一句 夏野菜 ズッキーニより 始まりぬ  てんちょう

ズッキーニ

≪ズッキーニ≫

お日さまと大地の恵みで、

夏野菜たちは、グングン成長していきます。

忘れがちですが、私たちのいただいているエネルギーは、

元をただせば太陽のエネルギーです。

もし、太陽がなくなったなら、

人類もそこで終わりです。

太陽の恩恵は全ての人が受けています。

当たり前のこととして・・・

しかし、太陽こそ不変の愛、

仏教で言うなら「慈悲」そのものが太陽である、

と言っても過言ではないように思います。

古代の日本人は、太陽を天照大皇神(あまてらすおおみかみ)

として、神格化し崇めました。

現代においても、皇室の皇祖神として

伊勢神宮にお祭りされています。

今一度、日本人としての「こころ」を思い出し

神仏を敬い、ご先祖様に感謝する日暮らしを

送らせていただきたいと思います。

初夏の草花。

季節の移ろいとともに、当店の庭の草花も

移ろいでいきます。

草花は、無心に咲き、そして散っていきます。

観る者の眼を楽しませて・・・

一句  雨上がり 無上迅速 山緑  てんちょう

テッセン

≪テッセン≫

亡き母の遺したテッセンが、15年経た今年も咲いてくれました。

アヤメ

≪アヤメ≫

シラン

≪シラン≫

ナデシコ

≪ナデシコ≫

白鳥からの転居の際に移植したナデシコが咲いてくれました。

ユキノシタ

≪ユキノシタ≫

幼かった頃、私が発熱すると、母が雪の下に塩を振って

おろした汁を飲むと不思議に熱が下がりました。

今更ながら母の恩を思うしだいです。

私たちは、目には見えないご縁に支えられて

生かされています。

「隨縁、縁にしたがって生きる 」

「因縁の法のままに生きる」

禅者はこれを「無心にして太虚(たいこ)に合す」と言います。

ご縁というものは尊いものであります。

一句  ご先祖の ご縁に謝して 吾の初夏  てんちょう

初夏。

いつの間にか立夏を過ぎ、季節は初夏になりました。

日射しの力にも初夏を感じられます。

当店の庭の草花も季節の移ろいとともに

次々と咲いてくれます。

一句  小綬鶏の 初夏を喜ぶ 如く啼き  てんちょう

オダマキ

≪オダマキ≫

エビネラン

≪エビネラン≫

ホウチャクソウ

≪ホウチャクソウ≫

短歌を一首ご紹介させていただきます。

「もろもろの 山草おのおの 花つけて

言葉をもたぬ そのやさしさよ」

歌人 鹿児島寿蔵

草花は、毎年咲く時節を守り

一筋のこころで咲いて

そして散ってゆきます。

そんな草花の姿に、今を精一杯生きる事の大事を

教えられます。

己に与えられた状況のなかで文句を言わず

観る者のこころを楽しませ

時節因縁を守って散ってゆく・・・。

コロナ禍で大変な今であり、行動も制限されていますが、

自分の足元をみれば、すべきことは沢山あり

今こそ己を向上させるチャンスだと思います。

「随所に主と作れば 立処皆真なり」

(ずいしょにしゅとなれば りっしょみなしんなり)

臨済宗の祖、臨済義玄禅師のお言葉です。

かみ砕きますと、己の置かれた場所で

真実の自己に目覚め、常に主体性をもって生きるならば

その場所はみな真実の場所である。

困難によって、人間性が高められ、磨かれるものと思います。

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